カラーユニバーサルデザインCUD

CUD(カラーユニバーサルデザイン)とは??

「色」は可視光線が目から入り脳で起こる色知覚を示す言葉です。色合いや明るさ、あざやかさなどの違いによって見る人に感情を想起させたり、装飾に使われる他、情報の分類や強調、動作指示、状態を表現することができます。例えば、教科書、会議の重要資料、天気予報地図、電車案内図、避難経路図、家電製品のLEDなどをみてもたくさんの色が組み合わされて使用されています。
人間の生まれつきの色の感じ方(色覚)は、大きく5つの型(タイプ)に分けることができそれぞれの色覚型には色の感じ方に異なる特徴があります。また色覚は病気や老いによって変わることもあります。
こうした人間の色覚の多様性に対応し、より多くの人に利用しやすい配色を行った製品や施設・建築物、環境、サービス、情報を提供するという考え方を「カラーユニバーサルデザイン(略称CUD)」と呼びます。

色覚異常についてColor blindness

色覚異常を知っていただくために

当社は数年前から従来の赤色チョークに代わって朱色系のチョークを製造・発売しています。
その訳は慶應義塾大学名誉教授の(故)村上元彦先生から次のような要請があったからです。
「日本では色覚異常(下記の註参照)の男子が4~5%くらいいて、中には黒板、または緑板に赤いチョークで書いた字や図が見えにくい人がいます。そのために学童や生徒の学習意欲がなくなっては困る。なんとかチョークの色を彼らに見えやすい朱色に変えて貰えないか」ということでした。当社は教育上放置できない問題であると考え、村上先生の協力を得て、10回以上の試作を繰り返し、朱色系のチョークを開発しました。

註:村上先生によれば「色覚異常は俗にいう色盲や色弱のことで、これらは差別語のニュアンスがあるので、今ではまとめて色覚異常と呼んでいるが、これも五十歩百歩。いずれはもっと適当な言葉に変える必要があるが、漢字を使う限り一字一字に意味があるので、中立的な言葉を考えるのが難しい」とのことですので、このホームページでは、やむを得ず「色覚異常」を使います。

村上先生は、自身に色覚異常があるため、慶應義塾大学医学部を卒業後、母校の生理学教室で、視覚や色覚の研究をされ、定年退職後は「入学試験、就職試験あるいは各種免許の取得に際して、不必要なほどきびしい色覚規制をしているが、これらを科学的合理性があるレベルまで緩和するよう」ボランティア活動をしておられる方です。また、岩波新書「どうしてものが見えるのか」(1999年3月2版刊行)を執筆し、眼が光を感じるしくみ、色を見分けるしくみ、さらに眼が受け取った情報を脳がどのように処理しているかなどについて、易しく解説しています。また最後の章では、色覚異常の原因がDNAレベルで明らかになったこと、どのような遺伝形式なのか、さらに色覚異常に対する偏見や差別などの社会問題を解決する方策を論じています。
そこで、先生に当社のホームページに、色覚の機構や色覚異常について易しく解説する寄稿をお願いしました。
このページの以下に記載してあります、村上元彦先生の「色覚異常についての見解」の
原本をこちらからダウンロードできます(PDF形式)。
下ボタンをクリックして頂くとダウンロードを開始いたします。

はじめに

先進諸国の中で、いまだに色覚問題で人権を侵害しているのは日本だけで、文化、宗教、歴史等の違いを色濃く反映しています。人権問題では日本はまだまだ後進国で、こんな些細なことにいつまでも関わりあっていては外国に遅れをとるのが心配でなりません。

色覚を始めとして、感覚の問題は理解するのが難しいから色々な誤解が生じます。あなたは他の人が外界の景色をどんな色の感覚で見ているか体験できませんし、逆に他人もあなたの色覚を体験できないのはお互い様です。私が「自分には色覚異常がある」というと、私に赤い紙を見せて「なに色に見えますか?」と質問する人がいますが、これはナンセンスです。多くの人々が、この紙の色を「赤」というから、私も自分が見た'色'を「赤」という言葉で答えるだけの話です。

この辺のことを納得して頂かないと「色盲は色が全然見えない白黒の世界だ」とか、「色弱はある色がまったく違う色に見える」などの思い違いをして、心ならずも色覚異常者を差別することになります。

色覚異常者は、よく見える色の波長が正常の人より少々ずれているだけで、大部分の人は日常の色彩環境では色を見分けるのに殆ど不自由していません。ただ日常生活で全く遭遇することがない配色パターンの色覚検査表を読むのが苦手なのです。

三原色説

眼球の奥にある網膜には光を受け取る視細胞があり、これに2種類あります。桿体(かんたい)と錐体(すいたい)です。これらの名前の由来は細胞の外節という部分が桿(こん棒)状をしているか、円錐状をしているかによります。桿体は光に対する感度がよいので、薄暗い所で働きますが、1種類しかないので色を見分けられません。一方の錐体は明るい所で働き、これには青、緑と赤に感度が良い3種類があります。そして、ある色の光を見た場合、どの錐体がどれくらい感じたかを比較して色を見分けるのです。この三原色説は100年以上も前に心理学の研究から提唱されたのですが、何しろ人間の感覚の主観に頼った実験ですから、視覚の神経系の何処でどんな現象が起きているのか、決め手がありませんでした。

1960年代の後半になって、生理学の技術が進歩して、動物実験で確かめることが出来るようになりました。アメリカの研究グループは顕微分光光度法、我々慶應大学のグループは細胞内微小電極法というまったく違う手法で実験をやりましたが、両方の実験とも青、緑と赤の光に感じる3種類の錐体が存在することを確認し、それらの光の波長は両方の実験でピタリと一致し、三原色説は完璧に証明されました。サルやヒトでも三原色説は間違いありません。

以下の文章の中で、青錐体、緑錐体、赤錐体という言葉を使いますが、錐体の色が青く、緑に、赤く見えるのではなく、これらの3色の光に感度が高い、正確には錐体の吸収極大波長が青、緑、赤のスペクトル領域にあるという意味です。

視物質と色覚異常

視細胞の外節の中に含まれていて、光を吸収する物質を視物質といい、ビタミンAが変化したレチナールという感光分子をタンパク質がぐるぐると巻いた構造です。レチナールは6角形をしたイオノン環の横に炭素がつながった長い鎖(側鎖)がついています。この側鎖の4個所に炭素の二重結合があり、これらの場所で側鎖は曲がったり、曲がらなかったりしますから42=16種類の異なった立体構造(立体異性体)が存在するはずで、現在ではそれらの多くは人工合成に成功しています。

しかし生体では2種類の立体異性体しか存在しません。暗闇ではレチナールは11―シス型になっていて、側鎖の形はエビが尻尾を曲げたようです。これに光が当ると、尻尾が跳ね上がって側鎖は真っ直ぐになり、オールトランス型と呼ばれます。光がやることはたった一つ、シス型をオールトランス型にすることだけで、この変化は200フェムト(10―15)秒以内に起ります。
これは1秒間に約30万km走る光がたった0.06mm走る間の出来事で、現在知られている化学反応の中では最も速いものの一つです。ここまでの話は桿体視物質と錐体視物質ともに同じです。

それでは、桿体や錐体の吸収極大波長が違うのはなぜでしょう。それはレチナールを取りまいているタンパク質が違うからです。1980年代のはじめ頃から、外国、特にアメリカで研究が急速に進み、ヒトの全ての視物質のタンパク質を決めるDNAが解読され、そのタンパク質を作っているアミノ酸の数と種類、並ぶ順序、さらにタンパク質がレチナールを3回転半グルグル巻きにしている立体構造が明らかにされました。桿体と青錐体の視物質のアミノ酸の数はともに348個で、桿体視物質のDNAは第3染色体、青錐体のそれは第7染色体の上に乗っています。また赤錐体と緑錐体視物質のアミノ酸の数はともに364個、それらのDNAはX性染色体の上(遺伝子座はXq28)にタンデム(二人乗り自転車)のように前後にくっついて乗っています。

2つの似たタンパク質のアミノ酸の並び方を比較して何%が一致するかを相同性と言い、赤錐体と緑錐体の視物質のアミノ酸の相同性は98%にも達します。アミノ酸が1,000万年に1%置き換わるという計算に従うと、赤錐体と緑錐体は約2,000万年前に分化したことになり、長い動物進化のタイム・スパンに比べればごく最近の出来事です。相同性が高いタンパク質を作れと指令するDNAはよく似ていますから、これらのDNAが接近して存在すると、遺伝子の組換えが起こりやすいのは当然です。例えば頭が赤錐体視物質のDNA、尻尾が緑錐体視物質のDNA、あるいはこの逆などの種々なハイブリッド(交雑種)ができて、吸収極大波長がずれるため、色覚異常になると説明されています。

緑と赤の色覚異常は伴性遺伝(最近では正確を期してX連関遺伝)しますから、男性に断然多く、また人種によっても違い、東洋系では4~5%くらいですが、白人系では8%くらいといわれています。
日本の人口を1億2千万人とすると、約300万人の色覚異常者がいることになり、他の遺伝子異常に比べて桁違いに多いのです。これに反して女子には少なく、0.25%くらいで1,000人のうち2~3人程度と云われます。しかし後述するように「色覚異常をどう定義するのか」の問題を含めて不確定・曖昧な点が多々あります。

全色盲と青の色覚異常は非常に稀で、分からないことだらけですので、省略します。

色の見え方のテスト

色の見え方をテストする方法は色々考案されています。仮性同色表、パネルD15テスト、アノマロスコープなどです。多くの種類のテストが次々に案出されるということは、逆に言えば、1種類のテストだけで色覚異常を完璧に確定できる検査方法はないということです。

皆さんの中には色模様の中に隠された数字を読まされた経験をした人は多いと思いますが、あれが仮性同色表、あるいは色覚検査表と呼ばれるもので、その代表的なのが石原式色覚検査表(略して石原表)です。石原表はなかなかよく工夫された検査表だとは思いますが、あまりに鋭敏すぎて、日常生活の色彩環境にほとんど不自由しない人たちまで引っ掛けます。この検査表の考案者の石原忍自身が「この検査表は完璧ではない」と警告していることを、医者が勉強していて「石原表検査は色覚異常の疑いにとどまる」と正しい対応してくれれば良いのですが、不勉強で「石原表を正しく読めない者は、即、色覚異常者」と妄信あるいは盲信している眼科医が大多数ですからご用心です。

パネルD15テストというのは、プラスチックの小円板に色が塗ってあり、これらを色調の順に並べさせるもので,色覚異常の程度の判定に役立つと言われています。
眼科医たちが一番頼りにするのがアノマロスコープだそうで、この器械をのぞくと、半円が基準になる黄色、残りの半円には赤と緑の光を混ぜた色が見えます。テストする人がネジをまわすと、赤と緑の光が混じる割合が変わる仕掛けで、標準の黄色に合わせるには、赤錐体に異常がある人には赤い光を、また緑錐体に異常がある人には緑の光を強くしなければなりません。
その時のネジの目盛りから色覚を判断します。器械の原理は簡単ですが、測定には熟練を要するそうで、眼科医同士でお互いのデータを信用しない由で、医者によって診断が違うという話です。また器械が高価で、眼科を標榜する医院でもこれを備えているのは1割に満たないそうです。

色覚検査をキチンとやるには手間と時間が掛かりますが、その割には報酬が少ないから、一般の眼科医はあまり乗り気になりません。だから色覚検査を受けるには、あらかじめ受診する医者を調べておかないと、無駄足になるばかりでなく、職業の選択などで間違ったアドバイスをされる恐れがあります。
人が生活する色彩環境は複雑ですし、また人間は多面的な適応性をもっていますから、「眼科的色覚検査を職業の適性判定に使うことは無謀」と明記している専門書もあるくらいです。
その人の色覚が志望する学業や職業に適するかどうかを最終的に判定するには、試しにやらせてみなければ分からないというのが本当のところでしょう。

色覚異常は劣性遺伝ではない

これは私の主張です。少々理屈を捏ねますが、興味ある方々に是非読んで頂きたい一章です。
眼科学の教科書はもちろん、色覚異常の専門書を見ても「色覚異常は伴性劣性遺伝する」と書いてあります。色覚異常の遺伝子はX染色体に乗っているので伴性遺伝であることは間違いありません。しかし「劣性遺伝」は大いに疑問です。これらの書物が劣性遺伝と主張する根拠は、保因者の色覚は正常ということになっています。すなわち女性の性染色体の組み合わせはXXで、どちらか一方のXに色覚異常の遺伝子が乗っていても、正常なXが異常なXの働きを抑えるから表面にでない。言い換えると、正常なXは優性で異常なXは劣性だから、表現型は色覚正常であると説明していますが、この論拠は間違っています。上記の優性、劣性の考えは、一般の体細胞の中に両親から受け継いで対になった相同染色体がある場合にのみ成立し、以下に述べる理由によって、性染色体では成立しません。(付記:劣性遺伝というと'劣悪な遺伝'と勘違いされるので'潜性'に改め、ついでに'優性'を'顕性'とした方が実態を正確に表現するという意見があります。)
さて、ヒトの女性を含めて哺乳動物の雌にはX染色体不活性化が起こります。この現象は1961年に発見され、発見者Mary F.Lyonの名前に因んで、ライオニゼイション(Lyonization)とも呼ばれます。

女性の性染色体の組み合わせはXXで、一方は父親からのX(Xpと呼ぶことにします)、もう一方は母親からのXmです。Xは大型の染色体で、多くの種類の遺伝子が乗っていますから、受精した卵細胞の中にX染色体が2本あると、遺伝子量が多過ぎるのです。そこで受精卵が細胞分裂して胞胚期に達したころ、遺伝子量を減らす補償が起こりXpとXmのどちらかがランダムに凝縮してバー小体(Barrは人名)になります。一旦、凝縮するX染色体がXpかXmのどちらかに決まると、これ以後の細胞分裂の過程で変更がないので、女性の個体はXpしか持たない細胞と、Xmしか持たない細胞のモザイクになります。分かりやすい例は三毛猫で、雌だから毛の色がモザイクになるのです。

網膜にも当然X染色体不活性化が起ります。XpとXmのどちらかが色覚正常、もう一方が色覚異常の遺伝子をもっているのが保因者ですから、彼女の網膜は色覚正常なパッチと異常なパッチのモザイクになっています。すなわち色覚正常と異常の遺伝子は両方ともに表現型になり、常染色体での優性・劣性の概念は性染色体には通用しません。
網膜がモザイク構造であることを立証する実験は疑う余地がありません。ⅰ)
視野中心10度の範囲内、すなわち色を見る錐体が密集した場所で、色々な色の小さな光点をタキストスコープという器械で瞬間的に呈示すると、保因者は網膜の照射された場所によっては色間違いを起こす。ⅱ)石原表を白色光で瞬間的に照らして呈示し、眼球を動かして図表を走査する時間を与えないようにすると、保因者では著明に誤読が増える。
ⅲ)一卵性双生児の保因者の姉妹は遺伝子が全く同じクローン同士であるのに、眼科的色覚検査の結果に大差がある例が報告されている。

ⅳ)片眼は色覚正常、他眼が色覚異常の女性がいるが、網膜のモザイク構造が極端に左右不均等である稀な例と考えないと説明がつかない。
保因者の数は男性の色覚異常者数の2倍弱と計算され、全女性の9~10%の多数に当るから、彼女らの網膜がモザイクであることを知らずに漫然と石原表で検査する眼科医は無知のそしりを免れません。俗にいえば'まだら目'に'まだら水玉模様'の石原表を見せて検査しようとするのはナンセンスで、保因者を,XXの両方ともに異常な、すなわちホモ接合体の女性と誤判定する例が多いとの報告があります。
【参考までに、女性の個体がXpとXmのモザイクである証拠を追加すれば、ⅰ)デュシェンヌ型筋ジストロフィーの保因者の骨格筋は、ジストロフィンという細胞膜裏打ちタンパク質がある筋細胞と、ない筋細胞が入り混じり、後者の割合が多いと保因者でも軽い症状が出る。ⅱ)
無汗性外胚葉性形成異常(体表面が発汗する部分と汗をかかない部分のモザイクになる)など。】

眼科医と公務員の錯誤による人権侵害―色覚規制の過去と現在

昔は色覚検査表を正しく読めない人は、即、色覚異常者で、理系学校の学業には適さないと決めつけ、学科試験に合格しても、色覚検査で門前払いする学校がたくさんあり、多くの若者が涙を呑んで人生の進路を変えなければなりませんでした。中には前途に悲観して自殺した例、また「息子に済まない」と保因者の母親が自殺した例などを仄聞しています。これは眼科医の錯誤と、それを盲信した学校関係者による回復不可能な過失でした。特に規制が厳しかったのは医系で、色覚異常は医師法の欠格条項ではないのに、医者の集団である各学校とも科学的検証を怠り'ことなかれ主義'の自主規制をしていました。
個人的なことですが、私も被害者の一人で、苦労して石原表を暗記し、医学部にインチキ入学しました。やり損って悔し涙がでた学校もありました。さて入学してみると、心配していた組織学や病理学の顕微鏡染色標本を観察するのも先ず先ずで、格別に不自由を感じた憶えはありません。こんな経緯があったので、私は色覚異常の本態を知りたく、卒業後は視覚や色覚の研究をしてきました。
人権意識が高まってきたこと、我々色覚差別撤廃をアピールするボランティアたち(色覚差別撤廃の会、以下'撤廃の会')の努力によって、入学試験での規制は急速に解除され、現在では理工系はもちろんのこと医系でも「色覚が正常であること」を必須条件にする学校はなくなりました。
では、職業規制はどうでしょう。昔、銀行などは伝票の色が見分けられないなどと思い込みシャットアウトしていましたが、さすがに誤りに気づき、色覚規制を外しました。大きな企業では規制は自主的に大分緩和されていましたが、アパレルメーカー、印刷会社、宝飾品、化粧品会社などの業種では厳しかったようです。
21世紀になって、ようやく社会の潮流が変わりました。契機になったのは、東京、岡山や熊本地裁のハンセン病国家賠償訴訟でした。原告が全面勝訴、国は控訴を断念し、時の厚生労働大臣は人権侵害したことを陳謝しました。厚労省は、それまで私企業に義務付けていた雇入れ時の色覚検査が人権問題になるのを恐れて2001年10月に、義務付けを廃止しました。そして「色覚異常は不可」などの求人条件を付けるのでなく、「色覚検査を実施するには志願者に対して職務内容との関連を十分に説明し、同意を得る必要がある」と指示しています。この法律改正の効果は暫らく経過を見ないと分かりませんが、企業の色覚規制が速やかに合理性あるものになることが期待されます。
さて、民間に対しては指示を出しておきながら、国家公務員や地方公務員の職種の色覚規制は、2003(平成15)年2月に至っても、旧態依然として訳が分からないものが多いのです。

以下にそれらを列挙します。
?:警察官の色覚規制は「職務執行に支障がないこと」とあるだけで、具体的に何を云っているのか不明。これでは試験の合否は試験官の'胸三寸'と言わんばかりの台詞です。
警察官は地方公務員ですから「支障がないこと,すなわち色覚正常であること」としている県警もあるらしいのです。我々撤廃の会は、警察を管轄する警察庁の係官に面接して、規制の根拠を質しましたが、答えたくないのか、答えられないのか、それすらも曖昧な誠意がない返事でした。
少子化が進み、警官志望者が減るご時勢になるのは必至で、暢気に構えている役人の予見能力を疑います。

?:消防署員は地方公務員ですから、県や市町村によって色覚異常が可であったり不可であったり、基準がはっきりしません。全く不可解ですが、火事の色には地方色があるようです!
東京都は「消防車や救急車を運転するので青、黄、赤の識別ができること」との合理的な規制で、見やすい発光ダイオードの交通信号が急速に増えていますから、色覚は不問としても差し支えないでしょう。

?:自衛官は「色盲または強度の色弱でないもの」ということになっています。自衛官は国家公務員で、その募集要項は一種の公文書でしょうから、その中で俗語の色盲・色弱という差別語を使うのは甚だ無神経です。アメリカの戦時中(1940年代前半)の実験ですが、色覚正常者が迷彩服でカムフラージュしたと安心していても、色覚異常者はその輪郭を明確に見分けるそうですから、戦争なんぞは真っ平御免ですが、異常者を排除する理由にはなりません。

?:皇宮護衛官と入国警備官の両者とも「色覚が正常であること」となっていて、厚労省の指示に真っ向から反対の規制です。検証が皆無な時代遅れの規制を漫然と踏襲しているに過ぎないのだと思います。
我々撤廃の会は規制緩和、ないしは撤廃を叫んで頑張っているのですが、何と言っても多勢に無勢。それに較べて、日本眼科学会と日本眼科医会(眼科学会とは別組織で、眼科学校医を含む開業医の集団、以下眼科医会と略)は専門家の大きな集団ですから、上記の諸規制を検証し、根拠がないもの、または曖昧なものの改正を求める社会的責任があると思うのですが、未だかって、そのようなキャンペーンを見聞したことはありません。

◎:もの分りの良いのは国土交通省で、撤廃の会の説得を受け入れ「小型船舶操縦免許では、石原表などによる眼科的色覚検査は操縦に必要な限度を超えている」として、代わりに独自に開発した装置でテストして、呈示された船舶灯の色を識別できれば、色覚異常の有無を問わず合格としています。
○:公立小・中学の教員は地方公務員で、地方自治体によって色覚規制がバラバラで、果たして日本は論理が一貫した法治国家であるのか疑わしいほどでしたが、色覚異常は教員の資質に無関係なことが理解され、また学童・生徒の中には必ず色覚異常者がいますから、彼らをケアするには色覚異常の教員が最適です。現在では規制している自治体はなくなりました。

小学校の色覚検査廃止

「視物質と色覚異常」で述べたように、色覚検査は遺伝子検査になります。なにもバイオテクノロジーを駆使してDNAの異常を突き止めるばかりが遺伝子診断ではありません。
すると問題になってくるのは学校での色覚検査です。以前は高校を卒業するまで4回も繰り返して検査をやっていました。色覚異常は治ることはないけれども悪くもならないから、繰り返しはナンセンスです。また検査を同級生が並んで見ている前でやられたのですから、もう滅茶苦茶で'いじめの種'をばら撒きました。中には学童同士でお互いを検査させた無分別な小学校教師の例も聞いています。これは学校保健法施行規則という文部省令で色覚検査を強制したからです。

文部省もさすがに具合が悪いと思ったか、1994年(平成6年)に改訂し、小学校4年生で1回、プライバシーの保護に充分注意しておこなうことになりましたが、例によって中途半端な処置でした。

遺伝子検査ならばインフォームド・コンセントなしに色覚検査を強制することは人権侵害であり、憲法に違反するおそれがあるし、また日本は国連加盟国ですから、ユネスコの人権宣言に背くことは許されません。おまけに文科省は厚労省、通産省と協力して、2001年(平成13)年に「ヒトゲノム研究の倫理指針」を制定し、その要約の真っ先に「インフォームド・コンセントが大切」と書いてあります。文科省が自分で制定しておきながら守らないというのは常識では考えられない話ですが、可能性が高いのは、同じ省内でも縦割り行政で「他の局が作った倫理指針など知るものか」ではないですか。

小学校4年生に対してインフォームド・コンセントをやろうにも知識不足で理解が不可能という矛盾に陥ります。我々撤廃の会の代表は、文部省に対して以上の点を指摘し、学校保健法施行規則を改善するよう、10余年にわたって歴代の文部科学大臣に面接して陳情やら説得やらを繰り返してきましたが、大臣も同席した役人たちも「まぁ、一応聞き置く」という無関心さで、事は全然進捗しませんでした。

急展開したのは21世紀になってからです。厚労省の雇入れ時の色覚検査廃止(2001年10月)の横波を受けてあわてた文科省は、2002年3月29日に学校保健法施行規則の定期健康診断項目から色覚検査を削除する旨を官報で公告しました。
これで事態は収拾するかに見えましたが、検査削除を予知した眼科医会は猛反対、文科省はこれに抗しきれず、「保護者が合意し、児童が希望すれば学校で検査すること可」とする担当局長通知を都道府県教育委員会に宛てて、それも官報と同じ日付で発送しました。

局長通知を回付された市町村の教育委員会は面食らってしまってしまい、いまだに混乱しています。
局長通知に呼応して眼科医会は医師向けの「色覚マニュアル」を作成しましたが、色覚異常の遺伝形式の図に初歩的な誤りがあったり、また、医師が色覚異常者に混同しやすい色を教えるのに、色の名前だけで話が通じるとでも思っている節があったり、どうも専門家が本気になってマニュアルを書いたのか疑わしいほどです。これらを局長通知の配慮のなさと合わせて逐一あげつらうと切りがありません。そこで肝腎なところだけを拾いあげて見ます。

ⅰ)色覚マニュアルの巻末に、学校長から保護者宛ての文書の見本が付いていて、子供が色覚検査を受けるよう勧め、事前の同意を求める内容ですが、どこにも「色覚検査は遺伝検査になる」旨のインフォームド・コンセントがありません。これでは眼科医たちが面子や沽券にこだわって、検査を希望する児童の数を増やしたいばかりに、マイナス要因になる遺伝のことは隠蔽したと疑われても仕方がないでしょう。

ⅱ)局長通知には、「色覚に不安を覚える児童は希望すれば検査は可」とありますが、眼科医会の「色覚マニュアル」では「児童は色覚異常を自覚しないから検査を受けろ」という。自覚しないものがどうして不安を覚えるのか、不可解な論理です。兎に角、文科省と眼科医会が真っ先にやらなければならないのは社会一般に対して色覚異常の啓発に努めることです。この必須な段階をとばして無神経にものを言うから自己矛盾に陥るのです。

ⅲ)集団生活の場である学校での検査は、これまでと同様にプライバシーの守秘ができません。

ⅳ)色覚検査表だけでは最終診断は不可能で、'色覚異常の疑い'のまま放置するのは、児童と保護者に対する人権侵害になります。

ⅴ)検査の目的に「将来の職業の選択に資する」とあるけれども、色覚検査表だけで職業の適否を判定するのは無謀です。

ⅵ)色覚検査をするには色々な基礎知識が必要で、養護教諭に任せるのは医師法違反のおそれがあります。

ⅶ)希望する児童の検査に至るまでの手続きが、眼科学校医が提案⇒教育委員会が同意⇒学校長が同意⇒検査実施と、無闇に煩雑かつ非現実的で、これでは日常の診療に忙しい眼科開業医は学校医を委嘱されても乗り気になれません。眼科医会の調査によれば、希望する児童の検査を実施している学校は1~2割程度に留まるとか、当然のような気がします。

色彩環境の整備

近所の2、3の学校の教室を見せて貰ったことがありますが、黒板は塗り替えないからチョークの粉で真っ白、黒板の照明は'むら'、蛍光燈が変色しているのはお構いなし。

色覚異常の児童や生徒は5~6%いますから、1クラスに1人や2人いる確率は高いのです。そこで、先手を打って学校の色彩環境を整えて、それらの子供が不自由しないようにしておけば、色覚検査をやって個人を特定する必要など全くないのです。今度のチョーク会社に対する要望もこの考えから出たことです。今までの赤いチョークは色覚正常な人でも曇り日や照明が暗いと見にくいと言いますから、朱色に変えれば色覚正常者も異常者も皆が不自由なく勉強ができるでしょう。
教科書の挿図の配色は、撤廃の会が出版会社に配慮するようアピールして、今では殆ど問題がなくなりました。その他、細かいことが色々ありますが、色覚正常な教員は何がバリアになっているか分かりません。だから私は「色覚異常の教員が必要だ」といっているのです。

自己責任でしか解決できない

眼科医の中には未だに「色覚異常の児童や生徒に早く知らせてやった方が、将来の役に立つから、学校の色覚検査は止めるべきではない」という人が沢山います。善意は疑わないのですが、医者には「素人は専門的なことを心配しなくてよい。悪いようにはしないから後は任せろ」という一種の家長主義(パターナリズム)、あるいは温情的干渉があって'医師の裁量権'なるものを前面に出すのでしょう。私が知る限りでは、これらの人たちが積極的に先頭に立って社会の色覚差別を減らすように、また色々な規制を科学的に検証して合理的なものにする努力をして呉れたことがありません。それでいながら、現状のままの不条理な社会に適応せよと強いるのは、単なる傍観者的態度です。

ではどうするか?発想を転換して個人に関することは自己責任で処理するしか方策はありません。

子どもが小学校に入ったら、学校側から保護者に対して、子どもの色彩に関する反応や行動に注意するよう、分かりやすい懇切な文書あるいは保護者会などで呼び掛けます。いつも観察していて異常が認められないときは、子どもは日常の色彩環境に不自由していないのですから、それで良いのです。これらの子どもの中には、もし石原表で調べたら、引っ掛かる子どもがいるかも知れませんが、それはそれで構わないと私は考えます。

色覚異常の疑いがあれば、設備が整い、色覚規制の現状にも詳しい眼科を受診します。

教育委員会あたりがあらかじめ調査して、適当な医療施設を指定しておけば良いのではないでしょうか。もし、子供の色に対する異常な行動を見逃したら、これは保護者の自己責任ですから、将来不利益を蒙っても止むを得ないでしょうし、本人が色覚異常の知識を持っていれば、やがて気づきますから、それから対処しても遅くありません。いずれにしても、知識をもつことが第一の必要条件です。私の意見は'無責任な放り出し'に聞こえるかも知れませんが、無知や無関心の結果はその人に責任を取って貰うしかありません。
これが民主主義というものでしょう。

おわりに

色覚異常は知能障害や運動障害を合併していませんから、外見からは全く分かりません。
ですから、色覚問題は他人には軽く考えられてしまいますが、遺伝子異常なので、本人や血族にとっては深刻な問題です。日本では偏見と差別が依然としてありますから、関係者は不利益を恐れて口を閉じてしまいます。これがまた色覚問題の解決を遅らせる原因になって、悪循環に陥っています。これを断ち切るには、色覚異常を科学的に正確に理解して貰う以外にありません。

そのためには、我々撤廃の会はあらゆる努力を惜しみません。このホームページを読んで下さった方々には、ご支援のほど宜しくお願いします。

図も入れずに解説しましたので、お分かり難い点が多々あったことをお詫びします。

目にやさしいチョークEasy on the eyes

色覚異常は遺伝的なもので、治療によって治るものではありません(後述紹介の書籍より)。
ただし、色覚特性を持つ方のために色環境を整備することにより、色覚異常に対する偏見や差別はなくなります。
色覚異常をもつ子供たちに見やすい色チョークを開発いたしました。
アジア系で赤、緑の色覚異常を持つ人は男性が特に多く、色覚異常であるために黒板の赤色が見にくく、それにより成績が悪くなり、さらにはいじめの問題につながることがあります。
今回とくに赤色について改良を行いました。現在日本国内のチョークメーカーはピンク系の赤色チョークを製造販売しております。この色を弊社では朱赤系の赤色チョークにしております。現在複数の教育委員会では色覚異常をもつ生徒を配慮して、すでに蛍光チョークを採用しておりますが、単価的に予算内での購入数量に限度があり、その点、このチョークにより予算的な問題も解決できます。
この色は色覚異常をもつ子供たちに見やすいだけでなく、色覚異常を持たない人にも見やすいものです。
色覚異常については、岩波新書 村上元彦著 「どうしてものがみえるのか」の第8章にくわしく述べられております。
また、日本教育新聞平成11年6月25日号においても「教育に未来はあるか」の記事で取り上げられております。
※価格は従来どおりです

目にやさしい赤チョーク識別テスト

新色の赤チョーク:朱色系(写真左側) 
右側は従来の赤色チョーク:ピンク系(写真右側)

黒板に筆記後はなれて見ると違いがはっきりとわかります。
現在天神印セラミックチョーク天神印100本入チョークが新色に対応済みです。
実際に筆記テストを行ったものが右の写真です。
この写真を見てもわかるように、ピンク系(写真右側)よりも朱赤系(写真左側)の方が文字は見やすくなっております。

<テスト環境>
室内蛍光灯下、スチールグリーン黒板を使用
デジタルカメラ(フラッシュなし)